生きねば。
生きねば。
2013年7月27日土曜日
ジブリの新作がいつものように話題となっている夏を過ごしています。いつもと違うのは宮崎監督のコメントが芸能枠を超えて注目されていることですね。歳を重ねると遺言めいた物言いになるとでもいうべきか、死生観や歴史観が重ねられていて興味深いものがあります。
監督の軍用機への愛着は『紅の豚』でも遺憾なく発揮されていましたが、複葉機のフォルムは、武士の甲冑などにも通じる、完成された造形美を感じます。実用性の極みともいえる「武具」の美しさは、ものづくりがやはり人の業であることを知らしめてくれます。
私なども幼少年期は洟垂れ小僧の一人として、零戦だ戦車だ機関車だと、メカニカルな構造に惹きつけられましたし、同様の嗜好はやがて軟弱(?)化し、クラリネットだのサックスだののキーアクションに向かい、やがて草創期のパソコンにたどり着くこととなりました。
ソフトウェアの論理学や言語学はそこそこに、ついつい仕組みや機能性に目が行ってしまうのも、思えば三つ子の魂なのでしょうか。中でも、単なる機能性にとどまらないアップルの製品の格好良さを気に入って、今に至っています。
ただ、面白いもので、当時は陳腐な機能性+安易な事務機風デザインと思っていたPCたちも、今となってはクラシックな趣きで不思議な魅力を漂わせてくれています。ブリキのおもちゃにも通じる、感性のノスタルジアみたいなものなのでしょうね。
『風立ちぬ』といえば、小説の著者・堀辰雄は、近所の八幡神社の門前、わが社員犬タローが朝夕の散歩でおしっこをひっかける横丁あたりに一時下宿していたそうです。
不敬・失敬にもほどがあるマーキングポイントですが、お蔭で毎日のように思い浮かべる人と作品になりました。もちろん、わが社名とのつながりなどまったくありません。でも、習慣化すると、タロー・おしっこ・風立ちぬと、なにやら呪文めいた、後ろめたい親近感(?)も生まれます。
今はなにより、このへたりそうな熱暑の日々とへこたれそうな不況の日々、二つの作品からパワーをもらっているのかもしれません。これまた呪文めいていますが、「風立ちぬ、いざ生きめやも」いや「生きねば」と。
タローもタローなら社主も社主、なにやら原作そっちのけの祈祷師まがいの狼藉です。熱暑ぼけをさますべく、たまには映画館でものぞくといたしましょうか。では、皆様もどうぞお大事に。